今日は朝から、なんだかずっとSubstackを触っていました。
「ちょっとだけ見てみよう」と思って開いたはずなのに、気づけばあちこち見ている。
気になる記事を読んで、
「わぁ、これ今の私にタイムリーすぎる」
と思ったり。
誰かがやっていたことを見て、
「私もやってみようかな」
と、すぐ試してみたり。
もう、朝からこんなんばっかやってる。
でも、こういう時間って、すごく大事なのかもしれないなと思いました。
発信って、ただ記事を書くだけじゃないんですよね。
誰かの言葉に反応する。
気になったものを読みに行く。
「いいな」と思ったら、そっとリアクションする。
自分もやってみる。
そうやって、小さく動いているうちに、だんだん場に慣れていく。
そうしているうちに、
「次はこうしていこう」
「こうやってみよう」
が生まれて、少しずつ形になっていく。
私はこれまで、発信するなら、もっときちんとしなきゃと思っていました。
(まだ思っちゃうけど)
深い記事を書かなきゃ。
役に立つことを言わなきゃ。
ちゃんと価値を出さなきゃ。
そう思うほど、書く前から肩に力が入る。
でもNotesを見ていると、もう少しゆるくていいのかも、と思えます。
「わぁ!」
「すごい!」
「私もやってみました!」
「これは今の私に必要な内容でした」
そんな言葉でも、その人の気持ちはちゃんと伝わる。
むしろ、そういう小さな反応のほうが、その場のあたたかさを作っているのかもしれません。
そして今日、私にとってすごくうれしいことがありました。
な、な、なんと。
あの『Antigravity×Obsidian 第2の脳』を構築されたリツトさんから、いいねが届いていたんです。
もう、びっくり。
うれしすぎて、泣いちゃいそうでした。
たぶん、外から見たら「いいねひとつで?」と思われるかもしれません。
でも、発信を始めたばかりの頃って、そのひとつが本当に大きい。
見つけてもらえた。
読んでもらえた。
ここにいていいんだと思えた。
そんなふうに、画面の向こうから小さく背中を押してもらったような気持ちになります。
そういえば、以前の私は、発信をどこか孤独なものだと思っていた時期もあったんです。
ひとりで考えて、ひとりで書いて、ひとりで投稿する。
反応がなければ、やっぱり私の言葉なんて誰にも届かないのかな、と落ち込む。
でも、SubstackのNotesを触っていると、少し違う景色が見えてきました。
発信って、ひとりで書いているようで、ほんとうはひとりじゃない。
誰かの記事に励まされる日がある。
誰かの挑戦を見て、自分もやってみたくなる日がある。
自分の小さなひと言に、誰かが反応してくれる日もある。
そうやって少しずつ、つながりが生まれていく。
大きなバズとか、すごい実績とか、そういうものとは違うけれど。
私はこの〝じわっとうれしい感じ〟を、けっこう大事にしたいなと思いました。
家の中で、ひとりでPCを開いている。
でも、画面の向こうには、同じように何かを始めようとしている人がいる。
学んでいる人がいる。
試している人がいる。
迷いながらも、自分の言葉を置いている人がいる。
そう思うだけで、少し心強い。
私はまだ、Substackの使い方も手探りです。
記事、Notes、メルマガ、Podcast。
やってみたいことがいろいろありすぎて、正直まだ全部はわかっていません。
でも、だからこそ今は、完璧に整えてから始めるよりも、触りながら覚えていくほうがいい時期。
やってみる。
反応してみる。
読みに行ってみる。
気になったことを、ひとこと残してみる。
そのくらいの小さな一歩でいい。
今日の私は、そんなことを感じていました。
発信は、最初から大きな声で叫ばなくてもいい。
小さな声でも、ちゃんと届くことがある。
いいねひとつで、こんなにうれしくなる日がある。
その感覚を忘れずに、私はもう少し、この場所で言葉を育ててみたいと思います。
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あなたは最近、誰かの小さな反応に励まされたことはありますか?
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柊 とおこ
立ち止まることも、ときに迷いながらも
発信しながら育てています。
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